さようなら、ふるさと銀河線 2

去る4月20日、最終運行を迎えたふるさと銀河線。その乗車レポートの続きです。

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さようなら、ふるさと銀河線 1

お別れ列車の入線した北見駅の2番ホーム。全国から集まった鉄道ファン、地元の方々、
テレビや新聞などのマスコミ関係者、多くの人々でごった返しています。
さながら都会の通勤電車のよう。毎日これだけ乗車する人がいれば、廃線なんてことには
ならなかったんだろうなあ。

ホームの奥では、お別れのセレモニーが行われ、報道陣や乗客が取り囲む中、
北見市長でもある、ちほく高原鉄道の社長さんが挨拶をしていました。



お別れ列車は3両編成。通常のカラーリングの1両に、銀河鉄道999の絵柄が
デザインされたラッピング列車が2両連結されています。



「ありがとう!!さようなら!!」の文字が刻まれたヘッドマーク。これが車両に掲げられるのも
今日が最初で最後です。

さすがにこれだけの人数だと、たった3両では全員座ることができず、僕も通路に立つことに。

12時30分、お別れ列車は北見駅を出発しました。線路沿いの柵の向こうからも、
多くの人が列車に向かって手を振ります。

最初の停車駅は、北見市のはずれに位置する上常呂駅。お別れ列車は快速として
運行されるので、主要な駅にのみ停車します。



ホームには「あきらめないで!銀河線再生を」の横断幕を持った地元の方々が。最後の日が
来てもまだまだ諦めきれない気持ちでいっぱいなのでしょう。


車内で一番賑やかなのは、全国から集まったと思われる鉄道ファンの方々。
僕の隣のシートでも、マニアックな話題に花を咲かせています。
自然の中をトレッキングするとき、アウトドアガイドと一緒に歩くと楽しいように、
鉄道の旅をするときは、彼らと一緒だと、面白いかも。


次に停車したのは、訓子府駅。



ここでもお別れのセレモニーが行われます。



多くの人に囲まれて、お別れの挨拶をする訓子府駅長さん。

人ごみの中に、なんか目立つ頭の人がいるなぁ、と思ったら・・・



タレントのなすびでした。なんでもテレビ番組で訓子府の駅長さんの家に
泊めてもらったことがあるんだとか。うながされて一言ご挨拶です。


次は境野駅に停車。鉄道ファンの一人が、列車の窓を開けて、ホームで迎える地元の方に
「頑張ってください」と声をかけるシーンも。鉄道ファンも地元の人も、銀河線の廃止を惜しむ
気持ちは同じです。

幼稚園児、小学生、おじいちゃん、おばあちゃん。多くの人が沿線から列車に向かって
手を振ります。みんな寂しいんだろうな。

午後1時30分、列車は置戸駅に到着。僕たちはここで下車しました。
ホームでは横断幕を持った地元の高校生がお出迎え。






銀河鉄道999の主人公「哲郎」とヒロイン「メーテル」。原作者の松本零士氏の協力を得て、
このラッピング列車が実現したそうです。



これでもう二度とこの列車には乗ることができないんだなぁ、と思うと、寂しさが
胸にこみあげてきます。これが初めての乗車だった僕ですら、そう思うのですから、
長年の間、毎日のように利用してきた地元の方の想いは、どのようなものなんだろうか?

感謝、無念、寂寥、さまざまな想いを乗せた、ふるさと銀河線お別れ列車。
永遠の別れを惜しむような鉛色の空の下、レールの音を悲しげに響かせて、
終点の池田に向かって走り去っていきました。


■ふるさと銀河線の歴史
明治40年 池田~網走間鉄道建設工事着工
明治43年9月22日 池田~淕別(現陸別)間77.4km完成
明治44年9月25日 淕別~野付牛(現北見)間62.6km完成
大正元年10月5日 網走本線全線開通
昭和36年 網走本線から池北線に改称
平成元年6月4日 ふるさと銀河線開業
平成3年11月1日 帯広直通運転開始
平成11年6月4日 ふるさと銀河線開業10周年
平成13年7月30日 SL銀河号運行
平成14年11月2日 松本零士さんデザイン ラッピング列車運行開始
平成17年4月21日 北海道運輸局に鉄道事業の廃止届けを提出
平成18年4月21日 廃止




▼「さようならふるさと銀河線 おまけ」に続く


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【関連サイト】
ふるさと銀河線公式ホームページ


   2006年04月22日 | 北海道行楽記

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 コメント

惜しまれながら見送られた様子がよく伝わってきました。
お別れ号は999イエロー号とホワイト号が連結なのですね
いつもはばらばらに走っているようなので、
これも最後だからか、切ないですが、晴れ姿のようにも見えます。

本当に、地元の方の無念はいかばかりが、切ないですね。

投稿者 はなのはね : 2006年04月23日 10:06

「白い髪のメーテル?」って思ったんですが、2両を区別
するためにあえてそうしているんでしょうかねえ?

本当に寂しいのですが、陸別では廃線跡を公園として
整備して、車両が実際に走れるような形で保存する計画が
あるそうです。実現したら是非とも行ってみたいですね。

投稿者 雄介 : 2006年04月23日 15:09

存続を願う者の一人として敢えてコメントします。
存続のためには、貨物輸送を基本としなくては成り立たないと思います。たった1両のガラガラのディーゼルカーが忘れた頃やってくる状態では民営鉄道として成り立ちません。線路の高機能化にかけるコストは絶対に償却できないでしょうし、ランニングコストさえ賄えないのではと思います。時代遅れになった所要時間を考えると廃止もやむを得ないと思います。廃止前に傷口を拡げるがごとく犯罪人政治屋が金をまき散らしたツケは、道民の肩に降りかかっています。負の連鎖ですね。

最近北海道へ繁く行くようになり、ある意味元気になった鉄道にホッとしています。またぞろ、無用な新幹線が計画されていますが、郊外では雪溜めになっている高速道路がぶっ壊した北の大地の大自然と都市とのバランスがこれ以上崩れないことを願うばかりです。

投稿者 緑茶 : 2008年04月28日 23:35

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